本当にあったパチプロのはなし

ちょっと変わった経験談や、ギャンブルとの向き合い方について書いています。

ロマンス通りの女王(仮)とH×H

 

彼女が本来の意味で女王だったのか。今となっては知る由もないが、確かに女王に相応しい美貌を備えていた。ルッキズムだ優生思想だと叫ばれて久しい昨今、少し憚れる行儀であるが、今までに関係を持った女性を顔面偏差値順に並べるならば大差の一位であることは間違いなく、この先ガッキーと不倫関係になるなどといったミラクルが起きない限り、この生涯においてその座は揺るがないであろう。

 

立てば芍薬、座れば孔雀、歩く姿は貧者の薔薇。傍目に見る分には見目麗しい彼女であるが、その実は毒花であった。

 

まず異質なのは左の二の腕の内側にある傷跡である。いわゆるリストカット跡とは少し違う。刺青とも違う。傷の箇所は手首ではなく、前腕部の付け根あたり。その傷跡は鳥の羽の様に放射状に広がっている。ぱっと見た目は刺青に色を入れる前の筋彫りを思わせるが、その傷の歪さを見れば、針や機械ではなく剃刀によって自身でつけたものであることが分かる。そしてその羽のような傷の中に、煙草の火を押し付けた丸く小さな火傷がいくつかある。それはひどく歪な形だが、どことなく羽を広げた孔雀にも見える。彼女は女王(仮)であるが故に派手なドレスを着る機会も多く、その二の腕を晒すことも多かったのだが、自身は特に気にする素振りを見せず、隠そうという気はさらさらないようだった。実際のところ、その傷跡自体は大した問題ではない。行為。剃刀で自身の腕をザクザク切り刻むという行為、つまり現在進行形の傷が問題なのであって、傷跡というのは後なのだから過去のものであり、新たに傷が増えなければ問題はない。では彼女の何が薔薇であり毒だったのか。それは激しい気性と暴力性である。

 

彼女には噛み癖があった。噛むのだ。人を。

 

その威力は彼女の機嫌次第で、その時々でまちまちである。大抵はシーズー程度なのだが、機嫌の悪い時、或いは良い時にはビーグルになりピットブルになった。僕の肉は少なく見積もって50グラムは持っていかれている。噛む箇所は耳、肩、腕など、ところ構わずと言った感じで自在であったが、特に好んだのが右脇の下あたりの横腹だった。僕は痩せぎすでそんなところに余った肉はまるで無く、骨張っていて、どう考えても噛みにくいと思うのだが、なぜかそこを好んだ。右脇腹には今なお噛み傷が残っていて、おそらく一生消えることはないのだろう。セックスの際に昂って噛み付くというのが王道パターンなのだが、それ以外でもことあるごとに噛んだ。昂ったり怒っている時はもちろん、平常時でも特にこれといったきっかけもなく不意に噛んだ。

 

噛むことが彼女の一番の得意技だったが、それ以外にもいくつかの技を備えていた。引っ掻き、引っ張り、首絞め。いざ言葉で書くと大袈裟で危険な感じがするが、実のところその大半は、HPでいうと6ポイント削れる程度のものであって、そこまで危険ということもなかった。「大半は」ということは80ポイントくらいのダメージを負う強攻撃も時にはあったわけだが。

 

大抵の場合、僕はそんな彼女の行動を放っておく。さすがに我慢できなかったり、命の危険を感じた時は彼女のことを思いっきりぶん殴った。そして彼女はそれを喜んだ。暴力行為をふるうのもふるわれるのも好きだった。或いは暴力をふるわれる為にふるっていたのかもしれない。

 

彼女は立派な名前のついた症候群なり障害をいくつか所持していて、合法非合法問わず、飲み合わせなどお構いなしに、何かしらの薬を常用していた。本来、症状を抑えるものであるずのそれは、僕の目からはむしろ逆効果に見えた。薬を飲むたびに癇癪を起こし、酔拳のように暴れ出す。そして時たまうまく呼吸ができなくなった。僕は苦しむ彼女を見て、一生ぶっ倒れとけばいいのになと思う。

 

彼女が抱える数多くの症例の中に多重人格とか解離性なんちゃらというものは無かった。無かったはずなのだが、極端な二面性を持っていた。二面性というか七面性くらい持っていた。激しい気性を持ちつつもどこか潔癖なところがあり、人にはガンガンあたるくせに物にあたることは決してなく、部屋はいつも清潔に保たれ整頓されていた。僕に噛みついて傷を負わせた後は、どこからか大袈裟なメディカルセットを持ってきて丁寧に治療をした。検査を受ければ一発アウトの薬をきめながら、道路に落ちているゴミを拾ったり赤い羽根募金をしていた。悪役女子プロレスラーのように散々暴れ倒し、引っ掻き、首を絞め、噛みついたかと思えば、急にすとんと落ち着き、少女のようにけろっとした顔で笑った。

 

その生活にはなかなかの緊張感があった。腹や肩の肉を多少削られるくらいならともかく、鼻やら耳やら指やらちんこやらを噛みちぎられては生活に支障をきたす。「そんなにヤバいなら離れればいいのに」というのは当然の意見である。僕もそう思う。だが面白いのだ。決してメンヘラ女が好きというわけではないのだが、本性を隠し猫を被り上辺だけ取り繕った女よりは良い。好奇心と危険性を天秤にかけた時、好奇心が勝つというのは男の性なのだと僕は思う。あと、統計学上メンヘラ度と美人度は比例する。

 

実際のところ、日常生活においては危険度がそこまで高いわけではない。彼女の暴力性が加速しないよう、武器になり得る道具、つまりは包丁、ハサミ、ピーラー、ヘアアイロン、金属製のボールペン、アイスクリームを掬うステンレスのやつなどは、全て捨てるか僕の家に隠した。その暴力性は衝動的なものであってそこに計画性は無い。単純に手の届く範囲の武器をできる限り排除することで致命的な攻撃をある程度防ぐことができた。素手の攻撃にしても基本的には何かしらの前兆があり、相対した状態の攻撃であればいくらでも対処のしようがある。暴走モードに入りどれだけ凶暴になったとしても、所詮は鍛えていない女である。僕は決して力のある方ではなくどちらかといえば貧弱なタイプだが、ヨーイドンの力比べになればまず負けることはない。

 

問題は寝ている時である。

 

意識の外からの攻撃はかわせない。妖怪の総大将でもかわせないのだから、ど素人の人間であれば尚更である。かわせないのなら受けるしかないのだが、僕には強靭な肉体も、劇的な再生能力もない。ぬらりひょんではないし、この世は漫画ではない。よしんば指や耳を持っていかれることを覚悟したとしても、初手で致命の一撃を食らえば普通に死ぬ。 

 

そこでたどり着いた答えが円であった。ハンターハンターを読み込み、研鑽を積むことで念能力の上辺を習得し、半径4メートルほどの円を展開することに成功したのだった。

 

苦労して習得した円であるが、結局発動することは一度もなかった。

 

彼女の行動原理は意味不明であり、推測の域を出ない部分が多々あるのだが、その攻撃はコミュニケーションの一貫であって、そこには悪意も殺意もなく、むしろ逆であったのだろう。なんらかの拍子でタガが外れるということも可能性としてなくはなかったのだろうが、とりあえずのところ、彼女が真剣に僕を殺しにかかるということはなかった。

 

歓楽街の女王の寿命は短い。三十になった私を置いて女王は消えた。ただし別に死んだわけでもないし、毎週金曜日に来てた男と暮らすことになったわけでもない。彼女は南半球に渡り、そこで葡萄を作って暮らすことになった。今なお葡萄を作っているのか、何をして暮らしているのかは知らない。相も変わらず元気にどこかの誰かに噛みついていることを願う。

 

 

 

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